10月9日(土)東京・両国国技館
長州「永田、よ~くお前だけ上がって来たな。
天下を取り損ねた男がよく上がって来た。〜中略。永田、もう一つ面白いこと見してやろうか」。
と、ここで、怒り爆発のライガー、天山らが長州に襲いかかり言葉を遮ってしまった。
リングを降りた長州は「お前達、その反応、遅すぎたんだ!」と吐き捨てると花道を去って行った。
第三世代って、本当に天下取り損ねたの?なにゆへ?IWGP防衛だけなら、永田の方が当時の新記録V10。
まぁ、長期政権だけが、天下ってわけじゃないけど、子供心に長州のほうが、凄いレスラーにみえたのは確か。
負け惜しみなのか永田がバックヤードで「食い扶持がここしかないから新日本にきたんだろ」的なこと言ってたけど
新日本で、第三世代が絶頂期のとき、黄金期。第三世代天下ってあったの?
永田のV10は無理にMMAやってもらったお詫びだろうな
あんまり説得力は無かった
永田絶対王者路線
「新日本プロレス最強の男」と言われたな
いいのこれって?思ったよな
これだな
曲いまいちだったよな
天山くらいかな
曲に合ってたの
中西のはイントロはいいけど個人的に途中から二日酔いのオッサンがえずいてるふうにしか聞こえなかった
中西がダメだったぶん
蝶野中西と60分時間切れ引き分けやったりと
あの時期では最大限の幅の広さだったんだよな
今考えると凄いが、やっぱり当時は「なんでこいつが王者になんだよ」の一点で終わってたな
アメプロのスタンダード、いわゆる足攻めや腕攻めってタイプじゃないが
キックとサブミッションを主体に組み立て、最後のバックドロップホールドに繋げる
ポップステップジャンプの流れの意識がちゃんとあった
橋本真也+UWF÷2くらいかな
トレンドの格闘技路線も反映しつつ、でもしっかりプロレスらしい1.2.3は用意する
バランスの良いスタイルだと思ったな
ただまぁ、ホントシンプルに「顔が主役の顔じゃなかった」っていう…
永田裕志はああ見えてしっかり課題認識を持っていた選手でもあった
誤認が多いが、猪木に無理やり出場させられた2003年のヒョードル戦と違い、
2001年のミルコ戦は明確に永田裕志の意思で出場しているんだよな
「G1に優勝したけど、何度振り返っても武藤敬司にファンの歓声で勝てていない。
このままじゃダメだ!」という考え方から、別ルートで実績を挙げてトップを取ろうと言う事で
ミルコ戦に出場した
全くもってその通りで、あれだけ第三世代でお膳立てが整った2001年のG1決勝でも、
永田への歓声は武藤への歓声を上回っていなかった
黙っていてもIWGP王座は貰えたろうが、自分の非を素直に認め、
真のファンの支持を得に行くその姿勢は感服せざるを得ない
…ただ、いくらなんでもそんな負け方する?って負け方でクソミソに負けたってだけなんだよな…
褒めてもそんな風にオチがついちゃうとこが永田さんだな
にならない第四世代の方がやばい気がする。
第四世代でトップ取れたのって棚橋くらいだし。
それが敗因
永田さんは器用貧乏というか、何でもできるから逆に有難みが薄れる感じ。
もし小島が全日に行かなったら小島王者路線もあったかな?
でもタッグのイメージが付きすぎたから無理があったかも。
小島は新日のころラリアット連発型だったのが全日に行ってラリアット一撃必殺を学んだから
新日でそれを教えてくれる人がいるかどうかだな
あの頃の全日は結構ちゃんと選手育ててた気がするな
小島が全日に行って天山一人残されて無理やりベビーターンしたけど、ヒール顔なので全く合ってなかったし
連投ごめんだけど、あの頃の第三世代の中では唯一試合運びとか緩急とか、
フィニッシュに向けて高めて行くと言う意識があったのが永田だと思うわ
中西はG1決勝の映像見たら、開始5分でアルゼンチン出してて話にならないw
小島も新日当時はラリアット連発マンだったし
天山ものっぺりと技出して行くタイプだったしなぁ
やっぱり、プロレス能力としては永田が一枚上だったと思うよ
引用先:https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/wres/1614230004/
まとめくす:https://2mtmex.com